8月19日から4日間、北海道にある世界遺産・縄文遺跡群を見学しに行ってきました。
北海道で世界遺産に登録された縄文遺跡は「キウス周堤墓群」「北黄金貝塚」「高砂貝塚」「入江貝塚」「鷲ノ木遺跡」「大船遺跡」「垣ノ島遺跡」です。
私は、今回の旅行で、キウス周堤墓群以外の縄文遺跡を、4日間かけて、めぐってきました。

北海道の世界遺産、縄文遺跡群・北黄金貝塚
私たちは、北海道に住む友達の車に乗って、千歳空港から白老町(ウポポイを見学しに行きました)を通って、最初の縄文遺跡「北黄金貝塚」へ行きました。
北黄金貝塚は、北海道伊達市にある貝塚です。
北黄金貝塚は、縄文時代前期を中心とする集落遺跡で、5か所の貝塚、水場の祭祀場、竪穴建物跡、墓跡などが発見されています。

世界遺産に登録された縄文遺跡に行くと、このような看板が立っています。

この日は、ものすごく天気が良い日で、ジメジメとした暑い千葉から来た私は、北海道のさわやかな風と、眩しい日差しに、テンション上がりまくりでした。


縄文時代の人々は、変わる気候変動に合わせて、暮らしていたのがわかります。
縄文時代早期の終わり、急激な?温暖化が進み、海水面が上昇する「縄文海進」が始まり、海水面は現在よりも高く、温かい海に生息していた「ハマグリ」が採れました。
北黄金貝塚から海の方を見ると、現在の集落が見えるのですが、当時は、丘のそばまで海が迫っていたようです。

駐車場から歩いて行くと、左手に「北黄金貝塚情報センター」という、北黄金貝塚から出土した石の道具や、発掘された人のお墓の様子など見学できます。


大きな道路から入った先に、隠れるようにある北黄金貝塚公園なのですが、世界遺産効果なのでしょうか、レンタカーなどの車も多く、みな縄文時代の人々の生活などを肌で感じようと来たのでしょうか(それは私だけかもしれないが(笑))

発掘された場所に、復元されている竪穴住居。




竪穴住居の中には、煮炊きをしたり、寒かったときに暖をとったりとする暖炉があります。
寒冷期のときと温暖期のときと、時期によって、暖炉の大きさが異なったようです。
そして、お祈りをする場所のようなものもあり、縄文時代の人々は、日々の暮らしに感謝をしながら生活していたようです。
暖炉の上には、このように木で作った棚というんでしょうか、この上に採ってきたものを置いて、暖炉の煙で燻製にするというんでしょうか、いろいろ保存食を作っていたようです。


丘の上のあるいて、貝塚を見に行ってみます。
普通に良い眺めです。


丘の上の歩いていると、ゴルフでいうバンカーみたいな形をしたものが見えてきます。
そこが貝塚で、たくさんの割れた貝殻が、びっしりと敷き詰められています。

北黄金貝塚でいちばん大きな貝塚「A'地点貝塚」からは、お墓や骨角器が見つかっています。



5500年ほどまえにつくられたA'地点貝塚ですが、ここの貝塚からは、マグロなどの魚の骨、ウニの殻、オットセイやクジラの骨がたくさん出てきました。
貝殻でいちばん多きカキがあるということは、温暖期が終わり、寒冷期(現在と同じくらいの気温)へと移った時期につくられたことを表しているようです。
また、貝塚の下には、お墓が作られていたようで、14体もの縄文時代の人の人骨が見つかっています。
貝塚が、ただのゴミ捨て場ではなく、すべての生き物のお墓としてつくられていたと考えられます。


北黄金貝塚情報センターで、出土品を見てみよう
初日には、北黄金貝塚情報センターには行かなかったのですが、後日、情報センターの中を見学してきました。
入場料は無料で、中を見学できます。

私が気になったものを、いくつか紹介していこうと思います。
A'地点貝塚からは、クジラの骨でできた刀が見つかっています。
クジラの骨ですから、スパッと切れる実用的なものではなく、儀式などのときに使われたものだろうといわれています。


次に、鹿の角でできたスプーンです。


展示室には、貝塚の断面と、貝塚のあたりから出土した、人骨のレプリカ展示があります。
右上に「511」と番号がありますが、こちらの番号、スマホに「ポケット学芸員」というアプリを入れて、北黄金貝塚と検索をすると、北黄金貝塚に関する情報が、番号を入力することによって、スマホから説明が確認できます。
例えば、こちらの人骨のレプリカ。

スマホアプリ「ポケット学芸員」で見てみると・・・

と、説明を読みながら、見学できます!便利~☆

そしてもちろん、北黄金貝塚からも土器がたくさん出土しています。
縄文時代の人々の想いが、土器にも込められているのではないでしょうか。



北黄金貝塚でも、たくさんの「石冠(せっかん)」が出土しています。
後日行く「大船遺跡」でも、たくさんの石冠が出土したそうです。

石冠は、お肉やドングリなどの木の実をすりつぶすための「石皿」や「すり石」である「北海道式石冠」の出土が多いのが特徴です。
大船遺跡のガイドさんが石冠について説明していただいたのですが、石皿は両面を使い、すり石は、右利きの人、左利きの人、自分の手に合わせて石の形を整えていたようだと、おっしゃっていました。

数年前に、余市町だったと思うのですが、縄文時代の遺跡に行ったことがあります。
そこへ行く前に、NHKの番組で、旧石器時代あたりから縫い針が使われていた、というのを放送していたのを観ていて、実際に、使われていた縫い針を見たときに、ひとり感動していたのを覚えています。
この縫い針の発明によって、服装が劇的に?じゃないと思うけど変わり、動物の毛皮などを縫い合わせることによって、寒さをしのぐことができた、と放送されていたと思います。
そのおかげで、寒いところにも、暖かいところにも、どこへでも移動して、暮らしていけるようになった、という、縫い針って本当にすごいと思いました(笑)


縄文時代の人々は、現代の人たちに負けないくらい、おしゃれだったようです。
こちらのヘアピンには、こまかな装飾が施されています。

現代の「くし」とは違い、縦型のくしになっています。

装飾品で着飾り、くしで髪の毛を整える、いち女性として見習わないとなあ~(笑)

北海道には、たっくさんの縄文時代の遺跡があるようです。
「掘れば遺跡が出てくる」というくらい多いそうです。
北海道へ旅行される機会があるならば、ぜひ!世界遺産に登録された縄文遺跡群を見学してみてはどうでしょうか?(*^^*)
※参考書籍(ポケット学芸員)